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TSUTAYA天王台店 店長 小松功治

入社=平成6(1994)年4月

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小松さんは「一番SSに向いていないかもしれない」と自他共に認めているにも関わらずSSのマネージャーまで務めてしまったかたです。ずっとやってこられたという野球に例えれば、チームのためにどんなポジションもきっちりこなす名プレーヤーから、選手に愛される監督へと転身されたといったところでしょうか。

※このインタビューは、TSUTAYA神立店 店長時に採録。

小:小松功治

イ:インタビュアー

One For All and All For One

小松さんの写真1イ:TSUTAYAは、レンタカーやカー用品などに比べるとグループ内でもかなり異色の事業ですが、小松さんは自ら希望されたのでしょうか。

小:違います。自己申告制度は使いませんでした。どちらかというと新しいことを次々とやるタイプではなく、どっしりと腰を据えてやるタイプなので…。

イ:そうですか。では入社時はどうされたのですか?

小:実は入社時も特に…(笑)。でもSSへの配属が決まったと聞いたときは正直「まさか!」と思いました。大学は東京だったので、免許はあっても車に乗らないペーパードライバーでしたし、特に車好きでもありませんでした。ボンネットさえ開けたことがありませんでしたから、そんな自分がSSに配属されるとは夢にも思わなかったのです。

イ:でも吉田石油の事業内容からすれば、当然ありえる配属ですが…

小:そうなのですが…入社説明会でもSS以外の話しか記憶に残っていませんでしたので…(笑)。

イ:会社も大胆な人事をしたものですが、小松さんもある意味実に大胆不敵というか…。

小:…かもしれません。入社当時はアルバイトに教わりながら仕事を覚えなければならないくらい何も知りませんでしたから…大きなハンデになるかとも考えましたが、逆に自分と同じように何も分からない女性ドライバーのようなお客様の立場で接客や説明ができたと思います。
それに安全に関わることですから必死でした。先輩たちは一生懸命教えてくれましたし…よい先輩や仲間に恵まれてきたので、やってこられたのだと思います。それでも正直「浮いた感じ」は否めなかったですね。

イ:それは自他共にそう感じてらしたのでしょうか?

小:そのようです。10年SSをやって今回TSUTAYAに配属になったとき「もしかしたら、TSUTAYAのほうが合っているかも」と言われました。ただ自分は常に自分が何を成すべきかを考えてやってきました。野球をやっていたのでチームワークで何かを成し遂げるのが好きなのです。

イ:なるほど。For The Teamということですね。

小:そうです。そういった意味でも最初の配属先は役者のそろった本当にいいチームでした。まだ景気も良かったこともあると思いますが、とにかく「ノッて」いました。みんな立場を超えて本当に「One For All and All For One」という感じで…。

イ:とはいえ、ペーパードライバーからSSのマネージャーを務めるまでになるには苦労も多かったと思いますが…。

小:何も知らなかったからこそ知りえたことが多かったのだと思います。それとやった分だけ会社が評価してくれました。だからこそがんばれたのだと思います。
マネージャーとして転属されたSSでは、まだ完成していない道路沿いだったので厳しい状況でした。でもドン底の業績ということは上向きしかないと考えて取り組みました。道路が完成して環境が整ってくる頃には、周囲のライバルSSが耐えきれずに撤退していくという運も味方してくれましたが、自分なりに精一杯の努力をしていたら業績はどんどん上がっていきました。

名選手から名監督へ!

小松さんの写真2イ:そうしたマネジメントの手腕を買われてのTSUTAYAへの転属だと思うのですが、SSで培ったスキルや知識はTSUTAYAでも役立っているのでしょうか?

小:お客様の立場で接客するという基本は同じですから、SSで徹底的に叩き込まれた接客の基本は役立ちました。それに人を管理する点においてもSS時代の経験が役立っていると思います。

イ:具体的には?

小:最初のSSの時、みんなが一丸となってがんばっていた状態から、徐々に各自の役割分担や立場が明確になってきた頃、自分としてはどのように振舞えばよいのか戸惑った時期がありました。つまり、それぞれの立場や言い分が分かるので…様々なポジションの悩みが分かってしまうというか…。
ですからTSUTAYAで店長をしていても、各ポジションにいる人の気持ちを理解しようと努めています。違うといえばすべて違うというくらい仕事の内容が違うのでSSの時と違ってとても難しいのですが…。

イ:こうしてお話を伺っていると、小松さんは単なる社員というだけでなく事業家や経営者的な視点で物事を捉えていらっしゃいますよね。

小:事業家や経営者というのはどうか分かりませんが、おそらく、みんなで喜び合いたいという気持ちが根底にあるからなのだと思います。独りも性にあっているのですが、やはりみんなでがんばることに喜びを感じます。

イ:野球でいうならば監督のようなものなのかもしれませんね。やはり選手の気持ちを理解できる監督こそチームを引っ張っていけるし、選手も自分のためはもちろん、監督のため、チームのためにがんばろうと思えるのだと思います。

小:それなれば分かります。新入社員や新しいアルバイトが来たときには、本音を話してもらえるような人間関係を築いていこうとしています。TSUTAYAの業務は多様ですから、自分ばかりが動いてもどうにもならないことが多々あり、全体を把握できなくなってしまいます。転属になってすぐTSUTAYAで研修を受けましたが覚えることが多くて大変でした。ですから部門毎の責任者に専門的な業務は任せていかなければなりません。自分で直接プレーせずに試合を組み立てていくという意味でも確かに監督業と似ているかもしれません。

チームで勝ち取る喜びを!

小松さんの写真3イ:吉田石油ではアルバイトさんが長期で働くケースが多いですよね。

小:意思の疎通がしやすいからだと思います。いい意味で社員とアルバイトの距離が近いといいますか…。自分も先輩マネージャーが踏襲してきたことをお手本にしつつ、自分なりの工夫をしながらいかにみんなでがんばって喜び合えるかを考えています。それでもすぐに辞めてしまう人もいますよ。

イ:どうしてなのでしょう?これだけ働きやすい環境や上司のかたがいらっしゃるのに…。

小:ちょっと古い考えというか、古風な言い回しなのかもしれませんが「辛抱(しんぼう)」って大切だと思うのです。すぐに辞めてしまう人に共通しているのは、結果を急き過ぎるという点です。判断と呼ぶには性急すぎる結論をすぐに出してしまうようです。「堪(こら)え性」がないというか…。
自分も最初大きな違和感を抱いてSSの仕事を始めました。向いていないと思ったことは何度もあります。でも数年堪えてみるとそれまで気づかない自分の能力や側面を見出せるようになります。それは新たな自信にもつながります。

イ:「転職をよし!」とする時代の流れからすると共感をえがたい考えなのでしょうか?

小:転職も場合によってはよい結果をもたらすと思います。自分の進むべき道や、やりたいことが明確で現状では実現する環境がないならば慎重に考えて転職すべきでしょう。でも現状で、やれることをやりきったのか、たとえ逆境だとしても逃げ出さずに挑戦してみたのか…もし何もせず、もっとよい環境があるに違いないといった漠然とした理由や単なる不満だけで転職してもうまくいかないと思います。少なくとも 自分の周りではそういう顛末になる人が多いですね。
ですから、もし縁あって一緒に働くことになったら伝えたいと思っています。「 もう少しだけ一緒にがんばってみよう…」と。そして独りでは成し遂げられないことをみんなで成し遂げたときの喜びは格別のものがあると…。そうした充実感や満足感は、きっと世代に関係なく感じ取ってくれるはずです。

「自分の会社は好きですか?」

「好きか嫌いかといえば、好きなほう…かな。戌(いぬ)年なんで忠誠心強いんですよ(笑)」

時々ポロっとさりげなく冗談を交える小松さん。熱い想いが適度なユーモアで、心地よい湯加減のお湯のようにあったかい人柄としてにじみ出てくるような「Yes!」でした。

編集後記

大変物静かな雰囲気と口調で話す小松さんなのですが、おっしゃっている内容は実に熱い!現在40代の世代が若者の時、既に「三無主義(無気力・無感動・無関心)」などと言われてきましたが小松さんは30代半ば…。世代に関係なく、気力を充実させ、感動する感性をもち、好奇心いっぱいに仕事に取り組めるならば、自らの可能性だけでなく、共に喜びを分かち合える喜びを手にすることができるのだと思わせてくれたインタビューでした。

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